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腕が上がらない(肩が上がらない)事を訴える男性、その原因は?

腕が上がらない(肩が上がらない)事を訴える男性、その原因は? 腕の上がらない患者様を診させていただくことがありました。
 その方(以下Oさん)は80代後半の男性で、怪我をした覚えはないようですが、数日前にいきなり左腕が上がらなくなったということでした。肩には少しの痛みもありません。

 この話をお伺いしただけでもある問題が浮かんだのですが、とにかく私はOさんの状態を確認することにしました。

 まずは「本当に腕が上がらないか」を診るため、手を上げていただくことにしました。図1にあるのですが、手を身体の横から上に向けて挙げていただく。この動きは解剖学的には外転というのですが、これをお願いしたのでした。

 すると運動の最初には、多少腕が上がろう(開こう)としているのかな?くらいの動きはあるものの腕は上がらず、図2にありますように肩が上がるといった状態でした。

 次にOさんに上向きで寝もらい、同じ動きをしていただいたのですが、これも先ほどと同様の状態を示しました。ちなみに、寝た状態で再び検査をしたのは、腕の重さが掛からない状態で外転ができるかを確認するためです。

 更に私がしたことは、外転を途中までサポートするということでした。これはサポートしてある程度まで腕を上げたらどうなるかを確認するためなのですが、それで分かったことは、上の方までサポートすれば、その後の動きはできるということでした。

 図3を見ながらOさんの症状をまとめますと、Aの範囲では肩が少し上がるものの外転はできず、ですからBのエリアで動かすこともできません。しかしCのところまで腕を持っていきますと動かすことができる。こんな状態でした。

 さて、こうした状態が確認できた場合、疑われるのは棘上筋の問題なのですが、では次にこれを理解するために、肩の外転運動を解剖学的に見てみましょう。

 下には肩の外転に関与する棘上筋と三角筋が示してあるのですが、上肢が下垂位の時、棘上筋は肩を外転するために働きます。では三角筋はといえば、線維の走行方向が上腕の骨(上腕骨)に沿う形となっており、そのため三角筋は上腕骨を引き上げるように働きます。

腕が上がらない(肩が上がらない)事を訴える男性、その原因は? 次に上肢の外転位を見てみましょう。ここまで来ますと棘上筋は最大に収縮した状態となっており、そのため上腕骨をそれ以上外転することはできないと考えられます。ちなみにこの時の棘上筋は、上腕骨を肩甲骨に押し当て、その関節(肩甲上腕関節)を安定させるために働いているといえます。

 対して三角筋は、上肢下垂位の時と比べ線維の走行方向が変わってきており、このため肩の外転作用を発揮することができるようになります。

 さて、どうでしょう。肩外転の運動学を踏まえてOさんの症状を考えてみますと、棘上筋が何らかの理由により機能を失っているとは考えられないでしょうか?

 棘上筋が働かないため、三角筋が外転作用を発揮できるところまで上腕骨をもって行くことができない。しかし三角筋自体は正常なため、サポートをしてそこまで腕をもっていけば、それ以降は動かすことができる。
  また、図3にありますAの範囲で、肩が上がって見えたのも、三角筋の上肢引き上げ作用によるものかもしれませんね。
 と色々なことを考え、私はOさんにあるのが棘上筋の機能消失であると考えたのでした。

 では今度は、その原因を考えてみましょう。
 棘上筋の機能消失が起きる原因としては、棘上筋(正確には棘上筋腱)の断裂、肩甲上神経の異常、C5神経根障害の3つが挙げられるかと思います。

 まず棘上筋腱の断裂に関してですが、これは50歳でも13%、80歳にもなりますと50%の確率で起きているという話があります。またその70%には痛みもなく、そのため気付くことも少ないとか…。そうしたことから棘上筋腱の断裂は、Oさんにあるかもしれないと考えられます。

 次に肩甲上神経の異常ですが、これは左の絵を見て下さい。肩甲上神経というのは肩甲切痕と上肩甲横靭帯によって構成されるトンネルを前から後ろに抜け、そして棘上筋とその先に位置します棘下筋を支配します。
 ですから何らかの理由により、この肩甲上神経が機能しなくなれば、その支配を受けている棘上筋と棘下筋にも運動機能の低下が起きるのです。

 ということで、私はOさんの棘下筋についても筋力検査をしてみたのですが、それを補う筋肉もあることから、筋力低下を明確に把握することはできませんでした。

 またなんであれ筋肉が使えない状態が継続しますと、その使うことができなかった筋肉には萎縮(廃用性萎縮)が起きるのですが、もしOさんにそれがあるなら棘上筋や棘下筋が萎縮したことにより、その間に位置します肩甲棘という名の骨の出っ張りが明確に浮かんで見えるようにもなるのですが、Oさんの場合、腕が上がらなくなってから間もないためか、そうした筋肉の萎縮状態も確認することはできませんでした。

 ですからその結果、肩甲上神経の異常は、あるかないかが分からないということになりました。

 最後にC5神経根障害ですが、棘上筋はC5神経根、これは頚から伸びる神経なのですが、その影響も強く受けており、そのためその問題も棘上筋機能低下の原因となります。しかしC5神経根は三角筋にも強く影響しているため、もしそれに問題があるのであれば、三角筋にも機能低下が起きることになります。ですがOさんの場合は、三角筋は正常なわけですから、これは除外しても良いと思われます。

 とにかくそうしたことを考えた結果、私はOさんの問題として棘上筋腱の断裂、もしくは肩甲上神経の障害?と判断したのでした。微妙ですね。

 さて、では私がOさんにしたことはと言えば、棘上筋腱の断裂については、血流を促進することで良い方向にもっていけないかという願いを込めてマッサージをしました。また肩甲上神経に関しては、これは肩甲切痕部において圧迫を受けることがあるのですが、その部位に対するマッサージ(正確にはリリーステクニック)を行いました。

 あと、頚椎4番5番レベルにも可動制限があったため、念のためモビリゼーションを行い、更に、肩に運動障害がある方の場合には、肩甲骨の可動性減少が伴っていることが多いのですが、Oさんにもこれが確認されたため、その改善を促す施術をしたのでした。

 もちろん病院で画像診断を受けていただくことも進めましたが、Oさんは病院に行くこともなく、また私もお会いする機会がなかったためそれまでとなってしまったのですが、ではその後Oさんがどのようになったかと言えば、5ヶ月~6ヶ月ほどで腕が上がるようになってきたということでした。

 棘上筋腱の断裂は3ヶ月ぐらいから徐々に改善してくるという話がありますし、また神経の麻痺も数ヶ月の内に改善することもありますので、結局Oさんに何があったのかは分からなかったわけですが、「私の力では明確に症状が判断できず、更に何ともならなかったことがありました」と言うお話でした。

※肩の外転に関してですが、ここでは説明を簡単にするため棘上筋と三角筋だけを取り上げましたが、前鋸筋というのもそれには大きく関与しており、その麻痺も外転障害の原因となります。また今回の記事では、棘上筋が働かないと肩の外転はできないということで話をさせていただきましたが、棘上筋が麻痺しても、三角筋が正常に働けば外転はできるという研究結果もあるようです。併せてご了承下さい。
   

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