私は職業柄、痛みの予防や改善、そして減量などの相談を受けることがあるのですが、そうした話をお伺いしていますと、体を痛める恐れのある運動をしている方が割と多いことに気がつきます。
そこで今回は、間違った方法で運動をすれば体を痛めることがあるという話をさせていただきます。
図1には足上げ腹筋の絵が載せてあるのですが、とりあえずこれを解剖学的に否定したいと思います。
では最初に筋肉からまいりましょう。図2にはここでポイントとなります腹筋(正確には腹直筋)と大腰筋が載せてあります。
まず腹直筋ですが、これは胸郭の下縁辺りから骨盤の下の方(恥骨結合部)にかけて付着する筋肉で、体幹を曲げる働きをもちます。そして大腰筋は腰骨(腰椎部)から太ももの骨(大腿骨)の付け根辺り(小転子)にかけて付着し、股関節を曲げる働きと、腰椎のカーブ(前弯曲)を保持する働きをもちます。
図3には足上げ腹筋をした時に体に起きることが図式化してあるのですが、足上げ腹筋で足を上げるということは、まず大腰筋が収縮して股関節を曲げる必要があります。この動きは骨盤を支点として起きるのですが、このとき収縮した大腰筋と挙上した下肢の重さにより、骨盤部は前傾位に傾き、腰椎部には前弯曲の増加が起こります。
ではこの時、腹直筋は何をしているのかといえば、骨盤が前傾位に傾くのを防ぐために収縮します。そしてこの収縮が腹筋のトレーニングになるという仕組みになっているわけです。
しかしここで考えていただきたいのは、腰椎部に前弯曲の増加が起きるということです。
腰椎というのは、前に曲げた時に骨が衝突することは基本的にないのですが、後ろに反らしますと骨が衝突し、その動きを制限するようになっています。そのため、なんであれ腰椎部の前弯曲が過剰になりますと、腰椎の関節(椎間関節)部には過度の圧迫が掛かり、これが痛みの原因になってしまうのです。
ですから腰椎部を過剰に逸らした状態をとることは嬉しくないのですが、足上げ腹筋ではそうした状態をつくり、更にそれを下肢という名の長いテコを使って増強する形になりますので、どう考えても腰には良くないと言えるのです。
それこそ腹筋にそれなりの筋力があり、腰椎部が反らない状態を維持できる方でしたら、足上げ腹筋をトレーニングとして取り入れることもありだとは思いますが、そうでない方には決してオススメはしません。
では腰を痛めずに腹筋を鍛えるにはどうしたら良いかという話なんですが、腹直筋自体は股関節を曲げるのではなく、体幹を曲げる働きをもつわけですから、それをすれば良いのです。
これは図4を見て下さい。膝を立てた状態でお腹のあたりに手を置きまして、頭を起こしてヘソを見る。これで腹直筋収縮させ鍛えることができます。この場合、頭を起こすために頑張る筋肉(主に胸鎖乳突筋)が痛みを出す恐れもありますが、それは胸鎖乳突筋の成長(強化)に伴いなくなります。
腹筋のトレーニングとしては、図5のように上体を起こす方もみえると思いますが、これも腹筋を意識することができれば有効です。ただこの動き自体は、体幹を曲げるというよりも股関節を曲げる意味合いが強いため、腹筋の収縮が意識できない方には、効果が少ないかもしれません。
またこの腹筋をされる方の中には、その時に腰が反ってしまう方もみえるのですが、反り腰の状態は先に述べましたように、関節に過剰な負担をかけることになりますので注意して下さい。
図6には頭の後ろに手を置いた絵が載せてあるのですが、この状態で腹筋をしていただきますと、中には手に力が入り過ぎてしまい(頚を過剰に曲げる形になってしまい)、頚を痛める方もおみえになります。ですので私は、やはりお腹の上に手を置いて腹筋されることをオススメします。
あと図7にあります腕立て伏せですが、これも腹筋にグッと力を入れ、腰が反らない状態ですれば良いですが、腰が落ちて反り腰になるぐらいでしたら、私は図8のように膝をついてされることをオススメします。
ということで今回は、主に足上げ腹筋を解剖学的に否定してみました。
実際、私のところに頚の治療でみえた方の中には、ジムでトレーナーの指導のもと、図6のように頭の後ろに手を置き、図5のように上体を起こす腹筋をしてみえる方もみえました。
その方は、最初はトレーニング中(腹筋の時)に頚の後ろが痛くなる程度だったようですが、それが継続的になってきたということで、私のところに施術を受けにみえたのでした。
まあ運動をしていて痛みが出るのであれば、そのフォームに問題があるわけなんですが、その方もトレーナーが指導してくれているので、痛みが出るのも仕方ないと思ってみえたようです。
また他にも慢性腰痛でお見えになった方の中には、それこそトレーナーの指導のもと足上げ腹筋をしてみえる方もみえました。ちなみにこの方も、腹筋の時に腰が痛くなると言ってみえました。
なんかトレーニング施設で「トレーナー」や「インストラクター」などと聞きますと、トレーニングの専門家であるようなイメージがありますが、私が話をお伺いする限りでは、十分な知識をもっていない方も多いように思われます。
ちょっと脱線しましたが、なんであれ運動をするということは、筋力や体力のUPや健康増進といったところが目的になるかと思うのですが、その運動で体を痛めてはなにもなりません。
運動をしていて筋肉が痛いのは多少有りだと思います。しかし関節が痛いのは問題です。そんなことを踏まえて、どうせやるなら害の少ない運動をしていただきたいものだと思うのでした。
※今回の記事では、腰を過剰に反らして行う運動を否定しましたが、トレーニングの内容(フォームform)によっては、腰を逸らした方が良い場合もあります。ご注意下さい。